介護される側

高校生の頃、介護施設にボランティア見学に行きました。

小さいころから、ボランティア活動などに参加していたのでそんなに不安や抵抗はありませんでした。

施設では、足の悪くなったお年寄りや痴呆症の方など症状が様々な人達が入居していました。

最初の印象は、みんなとても楽しそうだった事です。

介護の人もとても優そうでした。

折り紙をしたり、歌を歌ったりしていました。

小さい時に感じた、幼稚園の頃の記憶が頭をよぎりました。

その時、こうやって大人になって行きまた、子供に返って行くものなのではないでしょうか。

小さい時に手を引っ張って歩いた様に、ご飯を食べさせる為に口にご飯を運んで行ったり、お風呂に入る為に、お風呂に入れたり。

その施設で、一人のおばあちゃんに出会いました。

そのおばあちゃんは、痴呆症を患っていました。

何度も同じ事を言ったり、さっきまでやっていたことを忘れてしまっていたり。

しかし、誰もその言葉を遮らず最後までゆっくり話を聞いてあげるのです。

「さっき、その話聞いたよ!」なんて誰も言いません。

みんな初めて聞いたみたいに反応してそのおばあちゃんの話を聞いていました。

その時に意味は分からなかったけど、大人になってそれも大事な介護何だと言う事を知りました。

決して途中で言葉を遮ってはいけない。ゆっくり最後まで話を聞いてあげる事。

これが大事なのです。

いくら、綺麗な施設でも、介護用品がそろっていても「気持ち」が一番大事だと言う事に気付きました。

最高の手当は、その人に触れて上げる事なのだと、それが一番の手当なのだと、昔に偉い人が言っていました。

その言葉が本当にささりました。

この世の中には、色んな介護があり、それを手助けする為の介護用品があります。

その市場は、めまぐるしく進歩しているでしょう。

しかし、介護用品は、あくまでも器具なのです。

どれだけ便利になり進化していても、そのものに温かみが無ければいけません。

介護する側がご老人の気持ちになって介護する。

なんでもそうですよね。相手の気持ちになって行動する事がどれだけ大事なことか。

おばあちゃんと同じ目線に立って話してあげたり、おじいちゃんの歩くスピードに合わせて上げたり。

現場に立った事が無いので、本当の大変さはまだ分かりません。

かなり体力のいる作業でしょう。

人を相手にする仕事なのでストレスもたまって行くと思います。

介護士の人数も少ないので、過酷な労働時間の時もあるでしょう。

しかし、いつも「気持ち」を忘れないで欲しいと思います。

介護問題の中で浮き彫りになっている「虐待」という言葉も、綺麗事かも知れませんがこの「気持ち」があればずいぶん違うものになって来るでしょう。

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